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春の岡山城 2014
    南北朝時代の築城であるが、戦国時代末期に宇喜多直家・秀家の父子によって現在の規模となる。
  宇喜多氏以後は小早川秀秋が一時城主となるが、秀秋の死後は池田氏が城主となり明治維新となった。
  現在は本丸の城郭のみが整備され一般開放されている。

       IMG_1115_convert_20140403231740.jpg
      
       IMG_1161_convert_20140404002001.jpg
        二ノ丸対面所跡地に建つ林原美術館。また周辺にある旧内山下小学校は西ノ丸御殿跡地であり、西手櫓が残されている。      
        不明門と石垣
       不明門。本丸・上段への通用門だが、明治維新までは、殆ど開門されなかった。

       不明門と桜
       不明門
       岡山城本丸
      本丸・上段にある天守。1597年に宇喜多秀家によって建造され、外観の色から烏城とも呼ばれる。
      1945年に空襲により焼失したが1966年に鉄筋コンクリートで外観復元された。
      天守前一帯には城主の居館である本丸御殿が明治維新まで存在していた。 

       岡山城天守と桜

       月見櫓周辺
       本丸・下段にある月見櫓。池田忠雄によって建造され、ここで月見宴が催されたことから名付けられた。
       1945年の空襲では焼失を免れた。
       またこの一帯には藩の政庁にあたる表御殿が存在し、城主はここで政務を行った。

       廊下門
       月見櫓と廊下門。当時の廊下門は名前の通り、本丸御殿と表書院を繋ぐ廊下があり、城主・家臣は
       この廊下門を使用して行き来していたため、前述の不明門が殆ど開門しなかったのもそのためである。

       城塀と桜
 
       IMG_1152_convert_20140403234807.jpg
       旭川よりの岡山城。





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